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| Iwan
Fals - イワン・ファルス- |
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| プガメン(ストリート・ミュージシャン)出身のカリスマ的人気を持つ反体制派シンガー&ソングライター。 イワン・ファルス(音痴のイワン)という名前は、バンドゥンでプガメン(ストリート・シンガー)だった頃からの呼び名。1979年にデビュー以来、言論規制の厳しかったスハルト政権下、当局による監視、幾度とないコンサートの中止、特定の曲の発売禁止などの憂き目にあいながらも、果敢に弱者の立場から見た社会の矛盾・不満に対する鋭い体制批判を続け、大都市の労働者層や若者の心をつかみ、庶民層の青年たちのカリスマ的なオピニオン・リーダーとなった。当時はぼさぼさの長髪に口髭、上半身裸、擦り切れたジーンズという風貌でステージに登場し、挑発するような過激な歌詞でコンサートを行い、聴衆が興奮し暴動にまで発展するケースも少なくなかった。そのためインドネシアのボブ・ディラン的存在とも例えられ、1980年代後半から1990年代にかけ、歌謡界の代表的存在となる。「大御所」となった現在も、若いアーティストと組んで薄味だが的を得た社会批判を続けている。 |
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Iwan
Fals バイオグラフィー |
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1961年Jakartaで外交官の息子として生まれる。1970年代前半からプガメン(ストリート・ミュージシャン)として今は再開発で存在しないブロックMのパサール・カゲットの路上で歌い始める。1979年、スハルト政権の最盛期で言論統制も厳しかった時代、「下」から見た社会の矛盾、不満を歌い既存の制度に反発するイワンの曲が若者たちの間で流行。プロデューサーから声をかけられてデビュー。1981年にファースト・アルバムをリリース。1989年4月、スマトラ島でのロック・コンサートを治安当局によって禁止されるも、友人を集めロックバンドSwamiを結成し1990年2月にデビュー・コンサートを行う。バンド活動も盛んに行い、名曲「Bento」(スハルト元大統領のファミリービジネスを批判したとされる曲)と「Bonkar:崩壊」がヒット。一時批判的なカラーは薄れていったが、1997年後半からの通貨危機・経済危機で再び権力に向けたメッセージ・ジソングを歌うようになり、1998年にアルバム「Salam
Reformasi :こんちわ、改革」をリリース。同年5月スハルト辞任により32年間に渡るスハルト独裁体制が崩壊。イワン ファルスは新しい時代の到来へ向けたコンサート「崩壊のステージ」で
伝説的な演奏を行った。 ストリートミュージシャン協会に所属。 この団体には所謂「ンガメン(プガメン)=吟遊詩人」としてスタートしたイワン・ファルスや"イリアン(パプア)のアル・ジャロウ"、 エド・コンドロギットらも所属しており、ストリート・チルドレン達のための慈善公演も行っているらしい。デビューから今までの26年間、時代に沿ったメッセージを込めた30枚以上のアルバムを残している。3回の来日経験もある。 |
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| ディスコグラフィー(ベスト版含む) |
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1
Serenade Kembang Pete:ペテの花のセレナーデ/グループ 2 Frustrasi:フラストレーション/ グループ 3 Sarjana Muda:学士様/ソロアルバム 4 Opini:意見/ソロアルバム 5 Sumbang:貢献/ソロアルバム 6 Sugali:ソロアルバム 7 Kumenanti Seorang Kekasih:愛する人を待って /ソロアルバム 8 Sore Tugu Pancoran:給水塔の夕暮れ/ソロアルバム 9 Ethiopia:エチオピア/ソロアルバム 10 Aku Sayang Kamu:君が愛しい/ソロアルバム 11 Lancar Kereta Tua :進めポンコツ列車/ソロアルバム 12 Wakil Rakyat:国民の代理人/ソロアルバム 13 1910:ソロアルバム 14 Mata Dewa :神の目/ソロアルバム 15 Antara Aku, Kau & Bks Pacarku:俺とお前と元彼女について/ソロアルバム |
16 Kemesraan:融合/ソロアルバム 17 Swami I:スワミバンドのアルバム/グループ 18 Swami II:スワミバンドのアルバム/グループ 19 Kantata Takwa:イスラム信仰生活のカンタータ 20 Cikal :開祖/ソロアルバム 21 Belum Ada Judul :まだ無題/ソロアルバム 22 Hijau :緑/グループ 23 Dalbo:グループ 24 Orang Gila :狂人/ソロアルバム 25 Terminal:駅/シングル 26 Mata Hati :心の目/シングル 27 Orang Pinggiran:傍らの人/シングル 28 Anak Wayang :ワヤンの子/ドゥオ 29 Lagu Pemanjat:木登り上手の歌/シングル 30 Kantata Samasara:グループ 31 Live "Peristiwa Senayan":ライブ 32 Best of the Best Iwan Fals:ベスト 33 Suara Hati :心の声/グループ 34 In Collaboration With:コラボレーション 35 Manusia 1/2 Dewa:半人半神/ソロアルバム |
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| アルバム評 |
| 「Untukmu
Negeri(国家よあなたのために)」 2004年の大統領選挙に合わせて(?)発売されたイワン・ファルス新旧のメッセージソング |
| <ホソルダ・スギアルト> 庶民のメディア=カキリマにあるAMモノラルラジオで聴くと一番バランスが良く聞こえるように出来ている。ヘッドホンで聴いてしまったのが間違いだった。サウンド的に特筆すべきことは何もない。ギター一本で路上の野良犬的に歌い続けたイワンにとって、オケはメッセージを伝えるための「容器」でしかないのだろう。スハルト時代の曲も多く収録され、「民主化後もあまり状況は変わっていないじゃないか!」という意味を込めて?の「政治的メッセージソング集」的企画盤となっている。個人的にはあまり好きになれなかった。 |
<蓮次郎子> 私は時代的な背景を知らないので、とりあえず周りの30代の人たちにイワン ファルスについて聞いてみた。「自由とか政治改革への希望の時代を体現した人」、「権力にNOと初めて言った勇敢なシンガー」などという答えが返ってきた。このメッセージソングを集めたベスト盤も、近所のおじさんたちと一緒に聴いてみた。『民衆の声にならない叫びを代弁するカリスマ』と改革の時代を共有した感があるのだろう、皆それぞれに思い出の曲があるようだった。「ああこれで自由に意見が言えて自分の意志で選べる時代が来るんだって思ったもんだよ」、「汚職も政治腐敗もなくなるってね」、「そうだったねー」、「でも、民主化後もたいして変わってないな」、「ノうん」と、皆、遠い目になってしまったのでした。 |
<キャンディー・甲山> 一年ほど前のこと、ジャワの田舎町で屋外コンサートがありました。途中で電源トラブルに見舞われ、突然ステージの音が聞こえなくなった時、生ギターを抱えた男はひるむことなく地声で観客に語りかけ、ゆっくりと歌い始めました。ざわめきに包まれたおよそ2000人ほどの観客は、男の語りかけに従うように静寂を取り戻し、やがて従うように共に歌い始めました。大きなうねりのような歌声に包まれながら、僕はこの男・Iwan Falsがいかにこの国の人たちに支持されているかを実感しました。いつしか僕の肩を抱いていた隣の若者に「君はIwan Falsが好きか?」と問いかけられたとき、僕は「もちろん大好きだ」と躊躇無く答えました。正直なところ、それ以前に熱心なファンから彼のCDを聞かされたときには、なんで彼の曲がそこまで支持されているのかが、全然ピンと来なかったのですが。 このCDから音楽的な印象だけを述べるなら、間違いなく冗長。プロダクション・ワークは劣悪の一言に尽きる、とさえ言い切っても過言ではありません。特にアレンジの安直さは目に余るものさえあります。でもあのコンサートに居合わせた僕には、もう彼の歌声しか聞こえない。声に耳をすませば、あの夜の人なつっこい笑顔をほころばせたIwanが、不器用にギターをかきならしている。このCDはもう音楽そのものですらなく、Iwan Fals を身近に感じるための、もしかしたら追憶装置に過ぎないのかもしれない。でもアイリッシュにおけるVan Morrisonがそうであるように、インドネシアンにおけるIwan Falsは間違いなく「ここに存ます」。 |
| 曲評 |
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| ■ Manusia 1/2 Dewa:半人半神 | ||
| <ホソルダ>切々と大統領へ宛てた手紙風を読み上げるように歌にしている。「庶民の望みを聞いて下さい、大統領。それが出来たらあなたは半分神様になれます。 <蓮>1998年5月のスハルト政権崩壊直後のコンサート「崩壊のステージ」、で初めて歌われた、新大統領に宛てた曲。昨年の大統領選挙でリバイバルヒットした。「人生というものが遊技であるとしても/慰めだとしても/俺達はもて遊ばれたくなんかないし/慰みものでもない」「良識や秩序につい俺達は自分達で何とかする/貴方自身が良識を持ってください/貴方が秩序を守ってください」「そうしたら貴方はほとんど神様です」ノ.これはインドネシアに限ったことじゃないなあ、と思わされた曲。 <キャンディ>この曲に込められた正確なメッセージを、インドネシア語のわからないあなたは理解することが出来ない。僕も同じです。でも夜のジャカルタで、あるいは新宿駅のガード下で、こうして今日も歌が生まれるのでしょう。Iwan Falsの原点はそんな場所で始まり、今もそうであり続けているのだ、ということは、こうしたギター一本の弾き語り曲が一番雄弁に物語っているような気がします。 |
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| ■ Untukmu Negeri:国よあなたのために | ||
| <ホソルダ>スハルト政権崩壊後のインドネシア独立53周年記念日に、全テレビ局ネットのライブで歌われた曲。希望と不安が入り混じった未来への予感を暗い曲調で歌っている。 <蓮>「インドネシアよ、俺の祖国よ/繁栄あれ/」ズタズタになった中から立ち上がっていこうという痛切な歌。全国ネットでイワンファルスが涙を流しながら歌ったのだそう。「俺も泣いた」という人がいっぱいいるんだろうな。 |
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| ■ Suara Hati:心の声 | ||
| <ホソルダ>サティスファクション!ってな感じの60年代ロック風。アルバム「SUARA
HATI」のタイトル曲。 <キャンディ>Niel YoungがCrazy horseを率いてそうしたように、Iwanおじさんもロックの分水嶺を乗り越えようとしたのかもしれない。でも登山靴を忘れた彼のスニーカーは見事ほころび紐が切れ、「おい、そこの君、ちょっと手伝ってくれないか?」とつい弱音も出てしまう。でもその人なつっこい笑顔は、あくまで前向きだ。ふと通りかかったベチャこぎの若者が、「よかったら乗って行ってよ、おじさん」と声をかける。そして二人は仲良く交代で、ベチャをこぎながら旅を続けたのでした。 |
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| ■ Surat Buat Wakil Rakyat:国民の代表者への手紙 | ||
| <蓮>スハルト政権時代に発表、保守政党の意のままとなっている議会のなれあいぶりを批判した内容のために当時さっそく発禁の憂き目をみた曲。もはやスタンダードともいえる曲で、若者にもよく知られている。「俺達は、貴方の上着のポケットに俺達とこの国の将来を預けているんだ」「国民の課題を議論してるときに寝ないでくれ」。 <キャンディー>旅は続きます。「おい、おじさん。どこまで行くつもりなのさ」「まあ黙ってベチャこいでいれば約束の土地にたどりつくさ」。おじさんはあくまで明るく答えるのですが、若者はちょっと不安です。「おいら日本かアメリカに行きたいな。遠いけど行けるかな?」「そうだな、あの山を二つ越えればそんな距離だな」・・・・・山を越えるとそこには見覚えのあるような景色と、そして懐かしい人たちがおりました。「おじさん・・・・・ここジャワみたいだけど・・・・・」おじさんは相変わらず楽勝な笑顔で答えます。「どうやら地球を一周しちまったようだな!」 |
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| ■ P.H.K:解雇 | ||
| <キャンディ>ジャカルタ25時。都会は眠らないが人は眠る。でも眠らない一人の男がいた。Iwanおじさんだ。彼の任務は眠れない都会人の心を、孤独のくびきから解き放つこと。今日はいつもとちょっと趣向を変えて、ダークスーツにシルクのシャツでさっそうと繰り出しました。ジャカルタ26時、Club EmbassyのVIPシートで事の成り行きを見守る彼がいました。あくまでスノッビーなボーイに何かを注文する、これまたあくまで田舎臭さを隠せない一人の若者。「ご注文は?」「・・・・・テボトル」「あのう、ご注文は何になさいますか?」「・・・・・・」若者はそれではエス・ジュルック、と言いたいのをグッとこらえて、でも為す術がありません。メニューは全て英語だったのです。やにわにIwanおじさんがそこに割り込みました。「坊や、ここを出よう」。ジャカルタ27時、閉店前の屋台の片隅でアツアツのサテ・カンビンをほおばる二人の表情に、さっきまでの緊張はみじんもありません。 | ||
2005年4月号より |
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